介護のお役立ち情報を配信中!

介護の意味を考える!何を感じるかはあなた次第・・・

「若い頃は生きる為、必死に働き、意味など考えずにひたすら働いた、結婚し子供が生まれ、立派に育て上げた。

 

年を取って体にあちこちガタがでてきた。仕事も定年となり余生はのんびりと暮す。

 

最近は足腰も立たなくなって目も見づらい。物覚えも悪くなってきている。今日はいつだったか?」

 

今の高齢者はどんな人生を送ってきたのでしょうか?そして、人が老いていくということは?

 

スポンサードリンク

 

 

 

老いること

必ず人は歳を取とります。歳をとれば病気になって、体も言うことを聞かなくなってきます。

 

どんなに健康に気をつけていても、老いること・死ぬことは避けられません。だけどそれは当然のこと。

 

体が弱ればやれないことも増えてくる、誰かに面倒を見てもらわなければいけない。

 

「下の世話までさせたくはないなぁ」と殆どの人が言うけれど、やっぱり失敗する事が増えてくる。

 

食事の準備も自分では満足にできなくなる、いつしか今いつなのかもはっきりせず、目の前にいる人が誰なのか?夫か?妻か?子供か?友人か?

 

悲しいけれど、それは仕方のない事。

 

 

 

ぼけること

寝ていたら「誰か」に起こされる。それが誰なのか分からない。言われた事がはっきりと分からない。

 

仕方がないから起きると、部屋の隅におじいさんが立っていた。会釈をすれば向こうも同時に返す。それは鏡に映った自分だった。

 

食事を出された。食べていいと言われて箸を取る。皿の端っこに漬物がある、何度も何度もとろうとするけれども取る事ができない。「それは模様」と聞こえてきた。

 

部屋に居たら、子供を連れた夫婦が来た。まだ小さい子、歳を聞いたら6歳。名前もいえた。

 

えらいと褒めてあげると、その子が「何回も言ってるよ」と言ってきた。はて、君とは前に会ったかい?

 

ご夫婦にもできた子だねと褒めると、感謝の言葉が返ってきた。

 

そして、ぎくしゃくしながら世間話を少しだけした。彼らが帰る時に「また来るよ」といっていた。彼は私の知り合いだったか?

 

辺りが暗くなった。椅子に座っていたら部屋に連れられた。ベッドがある、誰の物かわからないが、もう疲れてしまった、眠ってしまおう……。

 

スポンサードリンク

 

 

 

おやすみ

頭がぼーっとする、体が重い。今は何時だ、私はいま何時にいるんだ?目を開ければ横に人が居る。

 

なぜか悲しい顔をしている。そして、私の手をさすってくれた。

 

大勢の人が来た、けれども私は眠くて目を開けていられない。彼らの顔を見ながら、私は眠った。

 

 

おわりに

認知症になった方の生きている世界を理解することは大変に難しいです。ししかしながら「狂人」と切り捨ててしまうのは悲しいことです。

 

認知症でなくとも、高齢者と介護者の間で、複雑な感情が起きない事はないでしょう。

 

関係や、今までのこと、そして今からのこと。不安であったり、楽しかったり、愛情であったり憎しみであったり、色んな事を思うはずです。

 

なぜ、私はこの人の面倒を看るのか。

 

理由なんて様々で、意味もそれぞれ違うはずです。自分なりの答えを持っている人もいれば、分からずに考え続けている人だって居るはずです。

 

そして、その人が亡くなってからも分からない事だってあります。

 

それでも良いかと思います。何においても「意味」なんて「その人の答え」ですから、共通の答えなんてありませんし、無理に出すこともないでしょう。

 

もし誰かの介護をしていたら、むりやり「意味」なんて考えず、なにはともあれ一緒に日々を送ること。その方がずっと尊い事だと思います。

 

そして、いつか分かるかもしれない、ずっと分からないかもしれない。でもそれでも良いと私は思います。

スポンサードリンク
コメントは利用できません。